まだ そこかしこに
彼女の残像が残り
心乱れて
鎮まりません
まるsanが1月18日の朝9:30頃
天国へ旅立ちマシタ
最後は私の手のなかで
イツモのオネムな
カワイイ寝顔デシタ
最初の発作は2008の春
2008の秋には祖母のお葬式の翌日に
もうダメだと思う程の大きな発作が起こり
「お祖母ちゃま、まるを連れて行かないで。」と
無理やり コチラに引きとめた命デス
早く楽になりたかっただろうに
ギリギリ迄
私の傍に留まるべく
小さな身体で
頑張ってくれたのだと思いマス
亡くなった当日の18日そして19日
一緒に眠って
イツモの様にそっと撫でながら
色々話しマシタ
たとえ動かなくとも
その小さな亡骸すら
傍から居なくなってしまうのは辛かったデスガ...
「ありがとね。」と
20日の青空が見える昼下がり
幸子sanの庭の花壇の中
ピンクの蕾の撫子の右隣に
黄色いビオラを一杯敷き詰めて埋葬シマシタ
度々調子を崩していた彼女に付き添っていられたのも
職場のスタッフと、委託先のプチピースタッフsanの御配慮があってこそ
彼女がシンドイ時は ずっと一緒に過ごせました
幸子san共々、感謝の気持ちで一杯です
今迄、まるsanを気にかけて頂き本当にありがとうございました
2001の11月1日に家族になった彼女は
子供のいない私にとって
一人娘のように 愛しい愛しい存在デス
就寝時以外の定位置は
私の左肩か左手の甲
食いしん坊で、超怖がり
拗ねたり、得意げだったり
怒ったり、ションボリしたり
寂しがり屋で甘えんぼ
表情豊かな彼女は本当に愛しかった
今も 愛しい 愛しい まるchan
ありがとね
最後まで読んで頂きアリガトウゴザイマシタ
花壇が花で溢れる春が
早く訪れるとよいデス(ΦωΦ)
世間samaの
お正月も
ソロソロ終わりデスネ。
本日のまるsanは
幾分具合が良かったラシク、
午前中の30分程を
仕事道具の傍で
良い子で
見学して過ごしマシタ。
先程の嵐の時の
雷が近くに落ちたラシク、
「ドォーン。」で
「バチッッ。」で
録画デッキが壊れマシタ。
もう
ウンとも
スンとも言ってクレマセン。
困りマシタヨ
(ΦωΦ;)
マタ食べれなくナッテシマッタまるsan。
それでも
今夜は5粒、
頑張って食べれマシタ。
直ぐリバースしまいマスガ、
「食べてみよう。」って
気持ちになってくれたコトが、
一歩前進デス。
今日現在70g。
羽根のヨウに軽くナッテシマッタ...(ΦωΦ)
2010も後1週間。
Xmasデスネ。
ウチは元々
誕生日&Xmasの薄い感じの家。
TVで
華やかなイルミネーションを拝見中デス。
......
楽シソウデスネ...(笑)
ココ暫く、
まるsanが絶不調ナノデ、
ワタシ自身は
年始も普段と変わらない感じで
彼女の傍で過ごしマス。
ヤマイに休みはナイデスヨネ(ΦωΦ)
本日のまるsan。
帰宅時に
「オカエリ。」と鳴いてクレマシタ。
肩で息してナイシ、
一先ず、
峠を越えた様子カナ?
フゥ。(ΦωΦ)
その後のまるsan。
お昼頃カラ
リバースの間隔が
広がって来マシテ......
先程
ご飯を10粒食べれマシタ
フゥ...。
今は、少し楽そうな
息遣いで、オネム中デス。
一先ず。
一先ず(ΦωΦ)
今朝未明カラ
まるsanが又
シンドイ状態に。
最近リバースの間隔も
開いて来て
安心気味ダッタノニナ...。
明日の休みを
急遽変わって貰っていて
ホント良かった。
(↑改めてイホシーに感謝デス(ФωФ)
今日のまるsanは
ポカポカと
良い天気だった午前中、
久しぶりに
日光浴したらしいデス。
幸子sanの肩に乗って
2Fの長窓を網戸に。
数分間、風を感じたミタイ。
途中、
お友達(スズメsan達)が
近くの電線で「チュンチュン。」鳴くと
幸子sanの首の後に避難x2。
怖がりsanデス。